「日出処の天子」1

 二艘の軍船が茅渟の海から河内湾に入り、大和川を遡上していた。 「礼尾、真っ直ぐ飛鳥に戻るのか」 「日下で傀儡館に寄り道するぞ」 「馴染みの娘でもいるのか」 「弾も聴いておろうが、大王様が臥せっておられる、長くは無いかも知れん」 「それで傀儡館の早耳に」 「そうだ、大王様のお子は娘が三人、男の子がおられん。亡くなられると世継ぎ争いが起きて秦王国が乱れるかも知れん」 「そう言えば、お前の親父殿が推される噂も出ているな」 「当代は筑紫で委奴国を建国された初代大国主様から数えて十四代目に当たられるが、ずっとシメオンから大王が出ている。我らレビから大王を出すには幾多の困難があろう」 「ダンとレビが結束して事に当たろう」  軍船は日下の津に程近い桟橋に静かに着けられた。 「太子、お帰りなさい」  栗色の髪を無造作に後ろに束ね、小麦色の肌に大きな茶色の瞳がキラキラ輝く、豊満な娘が太腿を露わに、舫綱を引き寄せ木杭に掛けていた。 「詩音、世話になるぞ、主殿は居られるか」 「今朝方、飛鳥から戻って寝ております」 「弾、主殿を待つ間、朝粥を馳走になろう」 「その前に、娘を俺に紹介しろ」 「詩音、我の友の弾だ、ダンの太子だ」 「始めまして、座右留の娘、詩音です」 「弾です、宜しく」 「困りましたね、太子と御呼びすると、お二人に返事されそうで」 「弾と呼んでくれ」  館に案内され、朝餉を掻き込んで程なく。 「この逞しいお方は、何方かな」 「弾です。お見知りおきください」 「座右留です。お父上には、お世話になっています。宜しく願います」 礼尾が座右留に、 「大国主様の、お加減は如何でしたか」 「半年は持ちますまい。東漢の殿から豪族達の動静に注意を払ってくれと、ご命がござった」 「親父殿はその気になられたか」 「太秦の河勝殿が見舞に見えておられた」 「鹿島扶桑国の王は先代大国主様の三男でしたね。太秦と連携されると一大勢力、何か楔を打ち込まないと」  館を辞去した、礼尾と弾が軍船に戻り、水夫に出立の指示をしていると、詩音が妹の果音を連れて見送りに来た。果音は姉に負けず劣らず、つぶらな瞳の可憐な笑みを豊かな上肢としなやかに伸びた下肢に載せていた。 「詩音、近いうちに又参るぞ」 「果音、俺も来るからな」