「日出処の天子」31

 ミチタリは高砂に戻り、文身国の祖父母に、

「大変、お待たせをしました。飛鳥に参りましょう」

 婆が、

「鬼退治をなされたか、黍団子を作りました。お土産になされ」

「子鬼でございました。団子ありがとうございます。さすれば、我の家来を見付ける旅にいたしましょう」

 ミチタリ一行は明石で船泊し、

「爺様、婆様、今宵は蛸料理をいただきましょう」

「婆は軟らかい料理が嬉しい」

「料理人には伝えてあります」

 蒸し料理が供され、

「これは軟らかい蛸でございますね。美味しゅうございます」

「お口に合って良かったです」

 翌日、明石海峡を抜け茅渟の海を辷るように進んだミチタリ達の船は難波津で船泊した。爺が、

「ミチタリ殿、沿岸の干拓が盛んに進んでおりましたが」

「西漢の干拓地です。塩抜きに手を焼いているそうです。明日は眼前にそそり立ちます上町大地の北側を回り込み河内湾に入り大和川を遡上いたします。今宵は鰈やカサゴや茅渟をお召し上がり下さい」

 翌日、難波津から淀川に入り上町台地の北側から河内湾に進み、

「爺様、この河内湾の干拓地も西漢の手になるものです。こちらは、塩抜きが進んでおるそうです」

「西漢は大したものじゃのう」

「お蔭で、族長会議で異議無く我ら東漢が大王に推されております」

 日下の津で船泊し昼餉にし、日下の物見にミチタリ一行の飛鳥入りを知らせさせた。

「この館は羅尾の母親の実家でございます。気楽にお過ごしください」

「詩音殿の生家でしたか。柳井水道に遷都の折、娘と一緒に挨拶に寄られたので存じておる」

 そこに、館の主が顔を見せ、

「詩音の弟の紫門でございます。姉がお世話になっております。遠路ようこそお越しくださいました」

「そうじゃ、父親の座右留殿はご健勝かな」

「足腰が弱りましたが未だ野菜つくりや山菜採りは致しております」

「それは嬉しいの若き日、纏向の王宮でお目に掛った」

「後ほど、挨拶に伺わせましょう。料理が冷めない内に、どうぞお召し上がりください」

 昼餉を済ませた一行は大和川を遡上、亀の瀬で小舟に乗り換え飛鳥の官衙に近づくと杖刀の兵が整列で出迎えており、ミチタリの妃も子供を抱いて手を振るのが見えた。ミチタリも大きく振り応え、下船し子供を抱き上げた。

「丈夫な子供をありがとう。文身国から爺様、婆様をお連れいたした」

「遠路はるばるお越し頂き誠に有難うございます」

「ひ孫は初めてじゃで、見とうなった、おめでとうござる」

「婆も付いて参った。可愛いの、土産は赤穂の塩を提げて参った。倅が甘いものを持たせてくれました」

「それは、ありがとうございます。何はともあれ館でゆっくりお休みください」

 ミチタリは妃の鬼前太后と二人だけになり、

「オニサキ、留守の間に難しい事はなかったか」

「はい、乳母の自薦がございました」

「どこからじゃ」

「土師氏様からでございます」

「それは良かった。土師氏は広庭様が大王位就任の折、豪族会議を取り仕切って呉れたそうじゃ」

「分かりました。直ぐにお願いをいたします」

「聴いて居るかな、柳井水道に遷都の折、父親の所に各地の豪族や長から娘達を妃嬪や女御にしてくれと次々と送られて来たのを、詩音様が「まるで竜宮城の様ですね。玉手箱は開けないで下さいね」と父親は「今宵は桃太郎になって鬼退治をいたそう」と我も今宵は鬼退治をいたそう」

「それは、たいへん、鬼の扮装でお待ちしております」

「それには及ばぬ、そちは名前が鬼前じゃ」

「それでは磨き込んで角を隠してお待ちしております」

「来る途中、児島で鬼退治をいたした」

「まあっ」

「女子ではないぞ、文身国の王や牛窓の長から、児島の長の横暴が目に余ると言われて懲らしめたのじゃ」

「お気を付けくださいね」

「父親がこの度、高句麗から見えた高僧の恵慈様を産まれた子の教育係にいたそうと」

「お気の早い」

「親馬鹿、いえ爺馬鹿でございますと申し上げたら、子の成長は早いものじゃと言われるのでお承けいたした。場所は建設の始まる飛鳥大寺にいたそうと」

「楽しみにいたしております」

「もう一つ、後宮を春日に移すかと問われておるのじゃが、子が小さいので飛鳥が安心じゃと思うが」

「それで宜しゅうございます」

「後で、小太郎殿の所に挨拶に行こう」

「分かりました」