「日出処の天子」34

 筑紫野も夏の盛りを迎え、水田が緑一色に染まる中、足庭と三郎は博多に完成させたばかりの鴻臚館で膝を交えていた。

「三郎殿、それでは高句麗へ早急に使いを出しましょう」

「畏まりました」

「それから琉球の領事は誰がよいかの」

「我の三男を使こうて下され」

「命の保障は出来んぞ」

「覚悟の上でございます」

「身狭隊を警護に連れて行くか」

「いえ、出来るだけ身軽が安全かと存じます」

「それでは、新米が取れ次第出立する積りで準備をして下され」

「承知いたしました」

「高句麗の駐在武官の人選じゃが、弾殿が族長は息子に譲って我が行くと申しておる。再度、弾殿と坂上隊に行って貰うかの」

「その方が、先方に喜ばれるでしょう」

「そうするか」

 高句麗駐在武官に就任した弾達は嬰陽王に拝謁。

「嬰陽王様、俀国の駐在武官として弾と坂上隊着任いたしました。宜しくお願いいたします」

「弾殿、坂上隊一同、よう参られた。感謝申し上げる。今日は乙巳文徳将軍が昇殿しておる。良い機会じゃ紹介しよう。将軍、以前話をした俀国の弾達じゃ宜しく頼みます」

「乙巳文徳でござる。先ずは情報交換をいたしましょう。軍令部に案内致します」

 軍令部に移動し懇談の席を設えた乙巳将軍は、

「弾殿、俀国は短期間に筑紫倭国を制圧されたそうじゃが戦いの要諦をお話し下され」

「短期間とは申せ、筑紫奪還は秦王国三百年来の宿願でござれば長い準備期間を経ての侵攻でござった。俀国天子足庭は沈着冷静、用意周到なる漢でございます。先代広庭様の時から奪還を志しておりました。広庭様の喪が明けると共に作戦を開始し、大和の豪族の殆どの賛同を得、総動員体制を敷き、全体戦略を描いた上で個別作戦を実行なされた」

「具体的には」

「先ずは、情報収集と敵情把握。武具と船舶の製造、兵站の準備と執行、そして侵略経路にある国々との融和策、早くから婚姻による縁戚関係の構築をしておりました」

「ほう、婚姻による融和策も執られたか」

「それから、侵攻途上で侵攻基地として最適な柳井水道という瀬戸内水運の要衝に遷都をいたしました」

「遷都までされたか」

「足庭が取りました、それからの侵攻作戦は力押しをせず、大軍による示威で戦わずして勝という、互いの人的被害を極力抑える戦法を採用いたしました」

「そんな中で実戦の肝要は何でござるかな」

「兵站の確保でござる。食い物が無ければ戦えませんでな」

「そうであれば、相手の兵站に瑕疵があれば、その弱点に付け入れば良いわけですな。態と敗走を繰り返し相手の兵站線を伸びきらせた上で、反撃をする戦法もあり得ますな」

「乙巳将軍は面白い作戦を考えられますな」

「大陸は広うござるでな、明日から国境線の巡察に出ましょう」

「それは願っても無いことでござる。宜しく願います」

 高句麗から寺大工、鑪盤博士、瓦博士などの派遣を受けた飛鳥大寺の建設は順調に進み、縄張りから掘方を終え、地固めに入っていた。秦王国王の小太郎は木工房、石工房、金物工房などを建設地の南東に作らせ、木材や石材の切り出し、瓦や金物の試作を始めさせていた。

 筑紫王が数えで五歳になった長子を連れて飛鳥大寺の建設現場を訪れ、

「太子、ここが飛鳥大寺の建設場所じゃ、何れ恵慈様より仏教の教えを受けることになる」

「分かりました。楽しみにしています」

「槻の森を抜けて甘樫の丘に登ってみるか」

「飛鳥と纏向が一望に見えるそうですね」

「良く知っておるな」

「乳母に聞きました。来年は弟も連れて来ましょう」

「そうだな」