「日出処の天子」35

 俀国暦吉貴五年、天子足庭は柳井水道奈良島の王宮で新年の参賀を受けていた。そこに高句麗駐在武官の任務を終え、帰国したばかりの坂上隊の士官が報告に参殿した。

「坂上武麿、高句麗駐在の任務を終え帰国いたしました」

「波浪を越えての任務ご苦労であった。高句麗はどうじゃった」

「昨年、遼西で高句麗と隋が衝突し、隋の文帝が三十万もの大軍で高句麗に侵攻を企てましたが、海軍は暴風雨に遭遇壊滅し、陸軍は洪水に見舞われ伝染病と兵站不能で撤退いたしました」

「それは僥倖であった。して、弾殿は健勝かな」

「いたって、お元気です。我らと共に隋との国境線で陣張りをいたしましたが、相手が現れず落胆されました」

「弾殿らしいの。ところで天文博士と石工を連れ帰ってくれたそうじゃな」

「高句麗の絵師も一緒に連れ帰りました」

「そうであったな。ありがとうござる。一度、飛鳥檜隈に戻られて英気を養って下され」

 翌日、足庭は帰国した天文博士と石工と絵師を召して、

「若頭、高句麗は如何であった」

「墳墓造りをみっちり手伝えました。石組み、石積み、壁画、天文図など目を見張るものがたくさんありました。高句麗に行かせて下さり、ありがとうございました」

「それは良かった。どんな壁画じゃった」

「四方の壁に青龍、白虎、朱雀、玄武の四神と天井に黄龍と天文図などが描かれております。それは素晴らしいものでございます」

「ほう、天文図も描かれていたか、博士どんな天文図じゃった」

「六十八の星座が三百五十を超える星々で描かれ、幾つかの同心円が描かれております。原図の石刻がございましたので拓本を持ち帰りました。西晋末の洛陽で観測された元図に平壌で観測し手を加えた天空図と考えられます」

「洛陽から平壌か、共に我らの祖先が過ごした地じゃな。嬉しいものが手に入ったな、良かった良かった」

「我も高句麗に渡らせて頂き、ありがとうございます。これからの天文観測に役立てて参ります」

「宜しく頼みまするぞ。絵師殿、荒海を超えて俀国へ、ようこそお越し下された。ありがとう存ずる」

「黄文と申しまする。我ら一族も洛陽から高句麗に移り、研鑽を続けて参りました。此度は嬰陽王様のご指図で俀国に参らせて戴きました。更に技量を磨いて参ります故、何卒よろしくお願い申し上げます」

「弛まずに励んで素晴らしい絵を残して下され。処で壁の四神と天井の黄龍は何を意味しておろうか」

「併せて陰陽五行を表しております」

「陰陽道の思想であったか、天文博士は学んでこられたか」

「概ねは学んで参りました」

「そうであったか、何れ我にも教えて貰おうかの」

「畏まりました」

「武麿殿、皆を飛鳥に届けて下され」

「畏まりました」