平成二十五年四月、大学院に進んだ古代史サークルの四人は揃って休学届を提出しシュメールの足跡を辿る旅へ出ていた。
カリフ姿の西園寺がタクラマカン砂漠を見下ろしながら、
「気候変動は人類の移動に多大な影響を及ぼしたんだな」
アラビアのロレンスを思わせる白装束で隣に座る島津が、
「一万二千年前の急激な温暖化は氷河期を終焉させ、海面の急上昇に伴う海進でスンダ大陸を水没させ、眼下のタリム盆地では氷河の溶融が大洪水をもたらし、その後の乾燥により緑豊かな大平原を茫漠たる砂漠に変え、住みよい大地をモンゴロイドのシュメール人達から奪ってしまった」
マフラーを町子巻きにした美佳が、
「感傷に浸っているはね。もうすぐホータンにつくわよ」
スカーフをイスラム風に被った隣の香苗が、
「ホータンって『和田』と書くのね。タリム盆地のモンゴロイド達は食糧難から八方に移動したのね」
西園寺が、
「その一隊がホータンからクンシュラブ峠を超えてフンザに入りインダスを下りアラビア海に到達し、メソポタミア文明に大きく関わったんだよ」
島津は、
「大洪水に見舞われる前のタリム盆地は既に灌漑農業が行なわれ、天文観測も行われており、高度な文明が発展していたんだ」
美佳が、
「その大洪水がノアの箱舟伝承を生み出したんですね」
香苗が、
「古事記のプロローグも、その景色を描いているんですね」
西園寺が、
「瓢箪から駒の伝承も同じテーマなんだ」
美佳が、
「測量技術も建設技術も発達していたのね」
香苗が、
「食品加工も繊維加工も既に行っていたのよ」
ホータンに降り立った西園寺は、
「この地は北緯三十四度付近に当りキトラ古墳の天文図が観測された洛陽も同じ緯度にあり、タリム盆地の天文観測技術がメソポタミアからシルクロードを経由して中国殷代の倭人に引き継がれ発展したんだ」
島津が、
「この地を出発したシュメール人と天文観測技術が凡そ一万年を掛けて大和の飛鳥で邂逅したんだ」