「日出処の天子」58

 平成二十五年五月、上雉大学古代史サークルの現役メンバーは定例の部会を開き、坂上が口火を切り、

「今年のテーマはユダヤの失われた十部族でどうかな」

 麗華が、

「西園寺先輩が『高松塚とキトラ古墳』って言ってたけど、そのテーマは面白そうね」

 伊集院が、

「古代のユダヤと現在のユダヤは全然違っているんだ、いいんじゃないか」

 由紀が、

「殆どの部族が日本に来ているみたい。やりましょう」

 坂上が、

「それじゃ、来週資料を持ち寄ろう」

 麗華が、

「先輩達そろそろ戻ってくるんじゃない。お土産買って来てくれるかな」

 伊集院が、

「そりゃないな。案外ドライなんだよ」

 由紀が、

「顔見せてくれるだけでいいじゃん」

 翌週、部室に古代史サークルのメンバーが再び全員集合した。白いブラウスにダークグレーのタイトスカートを穿いた麗華がスラっとした足を組み替えて、

「知らないこと一杯あったわ」

 黒のTシャツにGパンの坂上が、

「現在はユダヤ人の定義が緩いんだな」

 グレー系市松模様のスポーツシャツ姿の伊集院が、

「大金持ち一杯いるんだね」

 水色の格子柄のワンピースを着た由紀が足を揃えて、

「銀行家や映画人にも沢山いらっしゃるのね」

 ショートヘアの麗華が、

「ユダヤは中東の遊牧の民セム族の中から出た部族です。紀元前二千年前後、始祖のアブラハムはメソポタミヤのウルから一族を引き連れて、現在のイスラエル・パレスチナ付近の「カナンの地」に移住し渡り歩く人「ヘブライ人」と呼ばれたのよ。紀元前千九百年頃、ヘブライ人にヤコブという人が現れ、自分の名をイスラエルと改めます。このイスラエルには叔父ラバンの娘で姉のレア、レアの美しい召使いジルバ、レアの妹のラケル、ラケルの美しい召使いビルハの四人の妻が居り、それぞれの妻との間に十二人の息子が生まれます。レアの子供にはルペン、シメオン、レビ、ユダ、イカッサル、ゼルブンの六人です。ジルバの子供はガド、アシェルの二人です。ラルケの子供はヨセフ、ベニミヤンの二人です。ビルハの子供はダン、ナフタリの二人です。この十二人の息子の子孫が、後のイスラエルの十二部族を形成することになります」

 お下げで三つ編みの由紀が、

「紀元前十七世紀頃、ヘブライ人はカナンの地からエジプトに移住を強制され奴隷となります。その後、ヘブライ人の指導者にモーゼが現れ、イスラエル人を率いてエジプトを脱出しようとしますすがエジプト王は許さず、絶望するモーゼに神の言葉が降り「この月の十月に子羊を捕まえ十四日に殺して、流れる血を戸口に塗りなさい。目印になる様にベッタリと、そうして家に閉じこもりなさい。その晩、私の使いがエジプト中をを風の様に過ぎ越して、目印の無い家に生まれた子供たちを全て殺していきます。そしてお前達はエジプトを旅立ちます」その夜、教えに従った家には何も起こらなかったが、目印の無いエジプト人の家では、男の初子は皆、死んでしまいました。この事に怯えたエジプト王は、暁を待たずにイスラエル人の出発を許しました。イスラエル人はそれを記念して、未来永劫に、過ぎ越し祭ることを誓いました」

 麗華が、

「この過ぎ越しの祭り神話は世界に伝承され、日本にも伝わり蘇民将来伝説になりました。備後風土記では、昔、武塔神が南海の神の娘の所へ夜這いに出かけましたが、途中で日が暮れてしまいました。そこに蘇民将来と巨旦将来の兄弟がいました。武塔神は一夜の宿を頼みました。弟の巨旦将来は金持ちで、家や倉が百もあるのに惜しんで宿を貸さなかった。兄の蘇民将来は大変貧しかったが、宿を貸しました。粟ガラで座る所を作り、粟飯をご馳走し、武塔神は無事に出発することができました。年月が流れ、武塔神は南海の神の娘の間に八人の子をもうけ戻ってきました。武塔神は兄の蘇民将来に再会して言いました。「弟の巨旦将来に報復しよう。お前の子が弟の家にいるか?」蘇民将来の娘が弟の家に婦として侍っていた。すると武塔神は「彼女に茅草で作った輪を腰につけさせよ」と教えた。武塔神はその夜、蘇民将来の娘一人を残し、弟の一族をことごとく殺してしまいました。そして「私は速須佐雄の神なり。のちの世に疫病があれば蘇民将来の子孫と言って茅草の輪を腰につけよ。そうすれば疫病を免れるであろう」といいました」

 由紀が、

「蘇民将来の茅草の輪伝承は、更に神社の大祓の家内安全神事の茅の輪くぐりとして全国に広がっています。蘇民将来の娘が腰に付けた茅草の輪がディフォルメされ、それをくぐると家内安全が図れる。行事になったのよ」