三笠山の頂きに朝暘が昇り、斑鳩の里に点在する溜池の群れを照らし、 アキアカネが乱舞し、柿の木には青い実が育ち始めていた。
産屋から赤子の泣き声が甲高く聞こえ、家人達に歓声が上がった。
「太子がお生まれになったぞ」
「柳井水道のミチタリ様にお知らせせねば」
「羅尾様が飛鳥に戻って居られるそうじゃ。伝言を頼めば良いぞ」
秦王国改め俀国大王の太子ミチタリに長子が生まれ、妃の鬼前太后は産屋で無事の出産を喜び、ほっとしていた。
「お妃様元気な赤子で良かったですね」
「ありがとう。足庭様もミチタリ様も皆、柳井水道に居られる。誰ぞが、羅尾様が飛鳥にお戻りにと言って居られたが」
「足庭様が羅尾様に後宮の人達を新都の柳井水道に移らせるように言われて、戻られております」
「それでは、羅尾様に言伝をお願いしましょう」
「分かりました。若党を飛鳥の官衙に走らせましょう」
秦王国改め俀国の主立った面々は秦王国の悲願、筑紫奪還に向けて大船団を組み瀬戸内水運の要衝、柳井水道に進駐し、東漢氏としては二代目の大王に就いていた足庭は都を飛鳥から柳井水道に移す遷都を宣していた。
羅尾は後宮の人々を多数の杖刀の兵で警護して船団を組み柳井水道に無事到着し、父の大王に見え、
「ミチタリ様のお子がお生まれでした」
「そうか、男か女か」
「男の子です」
「誰ぞ、ミチタリを此処に呼んで下され」
戦闘訓練の指揮を執っていたミチタリはカブトを小脇に抱えたまま、
「父上、お呼びでしょうか」
「羅尾が後宮を護衛して戻った。斑鳩で男の子が生まれたそうじゃ。おめでとう」
「ありがとうございます」
「一度、飛鳥に戻って、子の顔を見てきなさい」
ミチタリは飛ぶように瀬戸内を辷り飛鳥から斑鳩に戻った。
「鬼前でかした、ありがとう」
「うれしゅうございます」
「母子共に元気で安心した。直ぐに柳井水道に戻る。次は何時帰れるか分からぬ、小太郎殿に警護は頼んでおく。頼んだぞ」
※小太郎は足庭の二番目の弟・三郎の長男