「日出処の天子」3

「カゴメカゴメ、カゴノナカノトリハ、イツイツデアル、ヨアケノバンニツルトカメガスベッタ、ウシロノショウメンダアレ」 寝所で休んでいた、礼尾と弾が童(わらべ)の声に目を覚ました。 「礼尾、昨夜の長殿の話は承けるのか」 「大王様の末娘の話か、気が乗らん」 「詩音が愛しいか」 「何れ嫁取りはせねばならんが、詩音は許されまい」  礼尾と弾が杖刀の兵を率い小船に分乗、大和川に乗り入れ、再び亀の瀬の急流で軍船に乗り換え、西漢の本拠地に向かった。 「弾、新田の干拓は進んでいるか」 「河内湖沿いは順調だが、茅渟の海の干拓が塩抜きで手間取っている」 「大和川の流れを茅渟の海に流すか」 「オイオイ、簡単に言うな」 「東漢の石工達を手伝わせるぞ」 「分かった、考える」 河内の本拠地に到着すると、物見の通報か、ダンの衛兵が整列していた。 「太子、お帰りなさい」 「太秦へ一刻後に出掛ける。手練れの兵を五人ほど集めておいてくれ」 「畏まりました」 「親父は」 「見回りにお出掛けです」 「弾、ケモノの臭いがするな」 「猪を改良した豚を飼育している」 「太秦の手土産に持って行けるか」 「生きたままなら、料理人も連れていくか」  準備が整い大和川を下り、河内湖を抜け淀川を遡上、上流三川が合流する淀浮橋から桂川に入り、太秦に向かった。 「河勝殿は若くして長になられ気苦労が多かろうな、弾、今度、傀儡館に誘うか」 「我らの情報が漏れないか、礼尾」 「弾、太秦へは別々に入ろう」 「礼尾が陽動している間に紛れ込む、豚は運んでくれ」  太秦館の付近は桑の葉を運ぶ者、絹織物を運ぶ者、様々な人々で溢れていた。  衛兵数人が礼尾たちに近付き誰何(すいか)した。 「何処の者か、何しに来た」 「連絡を致しました、東漢の太子の礼尾です。河勝様に、お目通り賜りたい」 「門内の客溜りで、お待ち下され。皆様の杖刀は、ここでお預かりします」 「生きた豚を手土産にお持ちしました、運び込んで宜しいかな」 「家畜小屋の横に運んで下され」  小半刻ほど待たされた後。 「礼尾殿、兵の方はここに残され、客殿にお上がり下さい」  石工(いしく)頭を連れ、礼尾が客殿に昇り趺座すると。 「よう参られた。カゴメカゴメで遊んでおられた時分以来かな」 「我は河勝殿が王宮に昇殿されるのを遠くからお見掛けしております」 「そうであったか、して今日は」 「先代様の陵墓の進捗状況を、連れました石工頭に報告させますと共に、我からは絹織物の話をさせて頂きたく」 「左様か」  報告と提案が終えると河勝は。 「桑の葉の増産もせねばならぬな、扶桑国に手伝わせるか、お請けしましょう」 「早速に、ありがとうございます。今日は豚を持参いたしました故、何処ぞで丸焼きをさせて下さい」  礼尾たちが太秦を辞去した後、河勝が家令を呼んで。 「東漢殿は腹を括られた様だな、豚を運んだのは西漢であろう。我らも兵の増強と鍛錬を怠るでない、物見も増やせ」 「畏まりました」  礼尾は桂川、宇治川、木津川の三川が合流する淀浮橋の近くで弾たちの船を待った。 「弾、早かったな」 「礼尾が帰った後から、急に物見の数が増えて警戒が厳しくなった」 「河勝殿も食えないお人だ、油断できんな。弾はどうする真っ直ぐ飛鳥に来るか」 「一度、親父殿の顔を見てから行くよ」 「そうか、我は木津川を遡って飛鳥に入ってみる」 「礼尾、また二人で日下に行こう」