「日出処の天子」17

 柳井水道に初夏が訪れ、王宮が完成し、王妃を始めとする後宮の妃嬪、女御が入京した。

「羅尾、ご苦労であった。大嶋瀬戸の手前の麻里布に離宮を建てて下され。風光明媚に女たちが癒されよう」

「畏まりました。飛鳥に戻りましたら、太子様のお子が、お生まれでした」

「そうか、で男の子か」

「男子と伺いました」

「それは目出度い。太子を呼んで来てくれ」

 兵士の訓練から戻った太子は、

「父上、お呼びでしょうか」

「飛鳥で、男の子が産まれたそうじゃ。おめでとう。一度、飛鳥に戻って顔を見てきなさい」

「ありがとうございます」

「こちらに戻ったら、遅くなっているが、お前の立太子の儀式を執り行おう」

 一方、先発し出雲国で哨戒巡察に当たっていた足庭の三男の三郎の元に、思いがけない東日流の荒吐五王国から筑紫奪還に参軍する船団が到着した。直ちに三郎は足庭に使者を出した。使者はサンカ衆の屈強健脚の若者を選んだ。江の川沿いを遡り、三次の集落を抜け、峠道を越え、三篠川を小舟で下り、太田川から瀬戸内に入り、三日で柳井水道の足庭に伝令した。足庭は、

「ご苦労であった。三郎に伝えよ、荒吐五王国に答礼の使者を出し、長門の深川湾に前進し基地を設け、進発の合図を待てと復命下され。しっかり食べて帰られよ」

「畏まりました」

 その後、柳井水道奈良島の王宮には各地の豪族から妃嬪女御にして下されと娘達が次々と送られてきた。詩音が足庭に、

「竜宮城になりましたね。玉手箱は開けないでくださいね」

「白髪の老人になるのかな」

「そうですよ。未だ、筑紫の奪還は終えていませんからね」

「今宵は桃太郎に扮し鬼退治に参ろうか」

「まあ、嬉しい。赤、青、黄色の下着でお待ちしておりますは。お后様の寝所に寄ってからお越しくださいね」 

 柳井水道に夏が訪れ足庭は妃嬪を伴い麻里布の離宮に行幸した。離宮から大嶋瀬戸眺めていた足庭は一艘の早舟が辷るように北上するのを認めた。直ぐに、羅尾を呼び寄せ耳打ちした。

「あれは、紫門殿の船かな」

「皆、左腕に赤い布を巻いております故、間違いなきかと存じます」

「悪いが戻る。あとは頼むぞ」

 急ぎ、奈良島の本営に取って返した足庭は太子を同席させ、紫門を召した。

「紫門殿、ご苦労でござった。筑紫はどうじゃった」

「隠密裏の探索故、時間が殊の外、掛かりました。結論から先に

申し上げます。今が、絶好の侵略時期と判断いたしました」

「そうか、何故」

「話は長くなります。倭国は磐余彦が建国してから北九州と半島南部を治めていましたが、その後、金官加羅王家の倭大王位の独占を嫌った安羅国が新羅と手を結び金官加羅を挟撃し滅ぼしてしまいました。それまで、百済と新羅と金官加羅の三国の勢力均衡が保たれていましたが、金官加羅の滅亡で均衡が崩れ、倭国は半島の権益を失い安羅国の分国も半島から撤退してしまいました。倭国は筑紫一帯を安羅国の勢力だけで維持しており、安羅の大物主王家の額田王という女王が宰領しております。争っても半島からの援軍はなく、百済は新羅と直接向き合っており援軍を出す余裕はございませぬ。日向の安羅本家も南倭の狗奴に明け渡しております。動向が読めないのが肥後の多婆羅国ですが主力は半島に渡っております。大伴王家には残留部隊を糾合する力がないと思います」

「さすれば、大軍で急襲すれば占領できるの」

「さよう判断しております」

「よう判った、ありがとうござる。ゆっくり休んでくだされ」

 紫門が退出し、足庭は太子と二人になった。

「太子、機は熟したの」

「準備は出来ております」

「軍議を招集するぞ、太子」

「畏まりました」