博多湾を廻る棚田の畔に菜の花が咲き乱れ、玄界灘を南風が吹き渡る頃、足庭は第二回遣隋使を博多那の津から出立させた。 船団は宗像船の先導で壱岐、対馬を経由し半島西岸を北上、百済、高句麗沿岸を船泊しながら進み、遼東半島沿い […]
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「日出処の天子」42
平成二十五年四月、大学院に進んだ古代史サークルの四人は揃って休学届を提出しシュメールの足跡を辿る旅へ出ていた。 カリフ姿の西園寺がタクラマカン砂漠を見下ろしながら、 「気候変動は人類の移動に多大な影響を及ぼしたんだな […]
「日出処の天子」41
光元三年正月、足庭は慶賀行事を終えると、三郎を呼び第二回遣隋使派遣の詰めに入っていた。 「三郎殿、書き留めてくれぬか、国書の書き出しじゃが『日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや』で始めよう」 「足庭様 […]
「日出処の天子」40
飛鳥大寺が完成、足庭は久し振りに飛鳥に戻り落慶法要に臨んだ。伽藍配置は高句麗から渡来した高僧恵慈の指導の元、一塔三金堂を回廊で囲い、その北に講堂を配している。西門は間口を大きく取り槻広場に開かれていた。足庭は恵慈を招き […]
「日出処の天子」39
数年後の秋、新羅交易団が戻り、中臣の士官が博多鴻臚館を訪れ三郎と外交策を詰めていた足庭に報告した。 「無事、鉄を持ち帰りました」 「ご苦労さま、新羅は如何じゃった」 「丁度、インドからクシャトリアの武士団三千人が漂着し […]
「日出処の天子」38
夏を迎えた博多那の津では隋に向かう使節団の船舶が出港準備を終えて住吉大明神に航海の安全を祈願した乗組員の乗船が始まり、見送りに出た足庭が使節の身狭寛徳に声掛けをした。 「安全を優先して下され。表敬訪問ゆえ気楽に務められ […]
「日出処の天子」37
九重山系の山間に逼塞した九州倭国額田王の柵に百済から使者がひっそりと訪れ、 「余泉章と申します。よろしくお願いします」 「額田じゃ、よう参られた」 「女王様、中国の中原に隋という統一国家が誕生し高句麗と度々衝突しており […]
「日出処の天子」36
平成二十四年十二月、古代史サークルのメンバーがサンドイッチ店で四年生の送別会を開いていた。西園寺が、 「坂上、鬼が笑うかも知れないが、来年の学園祭のテーマは高松塚とキトラ古墳にしないか」 美佳が、 「何よ唐突に来年の […]
「日出処の天子」35
俀国暦吉貴五年、天子足庭は柳井水道奈良島の王宮で新年の参賀を受けていた。そこに高句麗駐在武官の任務を終え、帰国したばかりの坂上隊の士官が報告に参殿した。 「坂上武麿、高句麗駐在の任務を終え帰国いたしました」 「波浪を越 […]
「日出処の天子」34
筑紫野も夏の盛りを迎え、水田が緑一色に染まる中、足庭と三郎は博多に完成させたばかりの鴻臚館で膝を交えていた。 「三郎殿、それでは高句麗へ早急に使いを出しましょう」 「畏まりました」 「それから琉球の領事は誰がよいかの」 […]