「カゴメカゴメ、カゴノナカノトリハ、イツイツデアル、ヨアケノバンニツルトカメガスベッタ、ウシロノショウメンダアレ」 寝所で休んでいた、礼尾と弾が童(わらべ)の声に目を覚ました。 「礼尾、昨夜の長殿の話は承けるのか」 「大王様の末娘の話か、気が乗らん」 「詩音が愛しいか」 「何れ嫁取りはせねばならんが、詩音は許されまい」 礼尾と弾が杖刀の兵を率い小船に分乗、大和川に乗り入れ、再び亀の瀬の急流で軍船に乗り換え、西漢の本拠地に向かった。 「弾、新田の干拓は進んでいるか」 「河内湖沿いは順調だが、茅渟の海の干拓が塩抜きで手間取っている」 「大和川の流れを茅渟の海に流すか」 「オイオイ、簡単に言うな」 「東漢の石工達を手伝わせるぞ」 「分かった、考える」 河内の本拠地に到着すると、物見の通報か、ダンの衛兵が整列していた。 「太子、お帰りなさい」 「太秦へ一刻後に出掛ける。手練れの兵を五人ほど集めておいてくれ」 「畏まりました」 「親父は」 「見回りにお出掛けです」 「弾、ケモノの臭いがするな」 「猪を改良した豚を飼育している」 「太秦の手土産に持って行けるか」 「生きたままなら、料理人も連れていくか」 準備が整い大和川を下り、河内湖を抜け淀川を遡上、上流三川が合流する淀浮橋から桂川に入り、太秦に向かった。 「河勝殿は若くして長になられ気苦労が多かろうな、弾、今度、傀儡館に誘うか」 「我らの情報が漏れないか、礼尾」 「弾、太秦へは別々に入ろう」 「礼尾が陽動している間に紛れ込む、豚は運んでくれ」 太秦館の付近は桑の葉を運ぶ者、絹織物を運ぶ者、様々な人々で溢れていた。 衛兵数人が礼尾たちに近付き誰何(すいか)した。 「何処の者か、何しに来た」 「連絡を致しました、東漢の太子の礼尾です。河勝様に、お目通り賜りたい」 「門内の客溜りで、お待ち下され。皆様の杖刀は、ここでお預かりします」 「生きた豚を手土産にお持ちしました、運び込んで宜しいかな」 「家畜小屋の横に運んで下され」 小半刻ほど待たされた後。 「礼尾殿、兵の方はここに残され、客殿にお上がり下さい」 石工(いしく)頭を連れ、礼尾が客殿に昇り趺座すると。 「よう参られた。カゴメカゴメで遊んでおられた時分以来かな」 「我は河勝殿が王宮に昇殿されるのを遠くからお見掛けしております」 「そうであったか、して今日は」 「先代様の陵墓の進捗状況を、連れました石工頭に報告させますと共に、我からは絹織物の話をさせて頂きたく」 「左様か」 報告と提案が終えると河勝は。 「桑の葉の増産もせねばならぬな、扶桑国に手伝わせるか、お請けしましょう」 「早速に、ありがとうございます。今日は豚を持参いたしました故、何処ぞで丸焼きをさせて下さい」 礼尾たちが太秦を辞去した後、河勝が家令を呼んで。 「東漢殿は腹を括られた様だな、豚を運んだのは西漢であろう。我らも兵の増強と鍛錬を怠るでない、物見も増やせ」 「畏まりました」 礼尾は桂川、宇治川、木津川の三川が合流する淀浮橋の近くで弾たちの船を待った。 「弾、早かったな」 「礼尾が帰った後から、急に物見の数が増えて警戒が厳しくなった」 「河勝殿も食えないお人だ、油断できんな。弾はどうする真っ直ぐ飛鳥に来るか」 「一度、親父殿の顔を見てから行くよ」 「そうか、我は木津川を遡って飛鳥に入ってみる」 「礼尾、また二人で日下に行こう」
「日出処の天子」2
再び、大和川を遡り、急流の亀の瀬で軍船から小舟に乗り移り、飛鳥に入った小舟は東漢氏の一大軍事基地に辷り込んだ。 「太子様、長がお待ちです」 「ダンの太子を同道したと親父殿に伝えてくれ」 「日下の物見から連絡が入り、ご承知です」 「油断も隙もないな」 飛鳥桧隅館の門前は杖刀を突いた衛兵が整列していた。 「ひい、ふう、みい、よ、いつ、むう、なな、や、ありがとう」 門内には多数の館が並び常時、数千人が住まわっている。杖刀を預け、長の館に繋がる迎賓館に上がり、趺座(ふざ)する間もなく、長が出座した。 「弾殿、よう参られた。お父上は息災かな」 「至って元気でございます。東漢の長殿には宜しくとの言付けでございます」 「あい分かった」 礼尾が父親に、 「早耳から聞きましたが、豪族達の動静に注意を払うよう命ぜられたそうで」 「うむ、腹を括った。頼むぞ」 「畏まりました。手始めに何から手を」 「まず、太秦に行ってくれ。河勝殿の父君の五年忌に陵墓を完成させる約定をしておる。進捗状況と石材の切出し具合の報告を兼ねて、絹織物調達の責任者としてな」 「して、狙いは」 「絹織物の調達反数を五割ほど増やす提示をするのじゃ。さすれば扶桑国も潤うであろう。弾殿、礼尾に同行して頂けるかな、太秦の状況を把握して来てくだされ」 「承知しました。傘下の手練れを引き連れてまいります」 「西漢の長殿には、我から願いを出します故、今宵はゆるりとお寛ぎ下され。だれぞ、酒と肴をもて」 「親父殿、次郎達と杖刀の兵を率いて行っても宜しいですか、帰りは木津川廻りで物見をして参ります。」 「兵の鍛錬と示威行動か、良かろう、呉々も衝突しないようにな」 夜も更け、酔い潰れた若者二人は寝所に運ばれた。
「日出処の天子」1
二艘の軍船が茅渟の海から河内湾に入り、大和川を遡上していた。 「礼尾、真っ直ぐ飛鳥に戻るのか」 「日下で傀儡館に寄り道するぞ」 「馴染みの娘でもいるのか」 「弾も聴いておろうが、大王様が臥せっておられる、長くは無いかも知れん」 「それで傀儡館の早耳に」 「そうだ、大王様のお子は娘が三人、男の子がおられん。亡くなられると世継ぎ争いが起きて秦王国が乱れるかも知れん」 「そう言えば、お前の親父殿が推される噂も出ているな」 「当代は筑紫で委奴国を建国された初代大国主様から数えて十四代目に当たられるが、ずっとシメオンから大王が出ている。我らレビから大王を出すには幾多の困難があろう」 「ダンとレビが結束して事に当たろう」 軍船は日下の津に程近い桟橋に静かに着けられた。 「太子、お帰りなさい」 栗色の髪を無造作に後ろに束ね、小麦色の肌に大きな茶色の瞳がキラキラ輝く、豊満な娘が太腿を露わに、舫綱を引き寄せ木杭に掛けていた。 「詩音、世話になるぞ、主殿は居られるか」 「今朝方、飛鳥から戻って寝ております」 「弾、主殿を待つ間、朝粥を馳走になろう」 「その前に、娘を俺に紹介しろ」 「詩音、我の友の弾だ、ダンの太子だ」 「始めまして、座右留の娘、詩音です」 「弾です、宜しく」 「困りましたね、太子と御呼びすると、お二人に返事されそうで」 「弾と呼んでくれ」 館に案内され、朝餉を掻き込んで程なく。 「この逞しいお方は、何方かな」 「弾です。お見知りおきください」 「座右留です。お父上には、お世話になっています。宜しく願います」 礼尾が座右留に、 「大国主様の、お加減は如何でしたか」 「半年は持ちますまい。東漢の殿から豪族達の動静に注意を払ってくれと、ご命がござった」 「親父殿はその気になられたか」 「太秦の河勝殿が見舞に見えておられた」 「鹿島扶桑国の王は先代大国主様の三男でしたね。太秦と連携されると一大勢力、何か楔を打ち込まないと」 館を辞去した、礼尾と弾が軍船に戻り、水夫に出立の指示をしていると、詩音が妹の果音を連れて見送りに来た。果音は姉に負けず劣らず、つぶらな瞳の可憐な笑みを豊かな上肢としなやかに伸びた下肢に載せていた。 「詩音、近いうちに又参るぞ」 「果音、俺も来るからな」