「上宮聖徳」7

 紅葉に彩られた柳井水道の王宮に竹斯王ミチタリからの急使が飛び込んできた。

「足庭様、日田の奥の九重山中で不穏な動きが見られます。倭国の挙兵と考えられます」

「羅尾、飛鳥と出雲国と文身国に出兵の連絡をして下され」

「畏まりました」

「三郎、高句麗の坂上隊に帰還を指示して下され」

「畏まりました」

「それから、豊の国に出向いて、殯の次郎を急ぎ埋葬して下さい。それから愛用の馬具も一緒に葬って下され」

 足庭は身狭隊を引き連れ竹斯へ急行すると共に北九州各地に戦闘準備指令を出した。玄界灘に掛かるとき、宗像氏と海上警備の強化を協議し、半島からの百済兵阻止を依頼した。

数日後、足庭は春日の王宮に入り太子のミチタリと状況確認を行っていた。

「父上、倭国の挙兵は間違いありません。太宰府と日田の柵を間に兵三百を駐屯させました」

「有明海の監視が必要だな、柳川にも兵を出そう」

 北九州各地からの兵の参着が陸続と始まっていた。

「末羅国から西漢の部隊が到着しました」

「豊の国から東漢の部隊が到着しました」

 足庭が、

「歓迎の閲兵をする。整列させて下され」

 俀国と倭国の激突乱戦の最中、足庭は物部の放つ矢嵐に眉間を穿たれ、雑兵の刃に掛かり重傷を負い、春日の王宮に運ばれたが絶命。太子と三郎は直ぐに九州撤収を決断。

 柳井水道奈良島に帰り着いた足庭の亡骸は太子ミチタリの手で殯がなされ、後宮の六后女御女官の悲しみに包まれた。

 太子ミチタリは足庭の殯を叔父の三郎に委ね、大和飛鳥に帰還し東漢の族長に就任した。そして、族長達に推挙され大王の地位に就いた。

「都を柳井水道から此処、飛鳥の地に戻すと共に、国の名も俀国から秦王国に戻します。我は道庭と改名いたします。皆様、よろしくお願いします」

「上宮聖徳」6

 翌年秋、悲報が飛び込んだ。大和の平群から早飛脚が静養していた弾の急逝を知らせた。足庭は直ちに平群の里に急行し、殯宮に安置された竹馬の友を悼んだ。西漢の本拠地、河内の百舌に御陵の建設が決められ、足庭は東漢石工の総動員を指示した。

 柳井水道の王宮に戻った足庭に更なる悲報が待っていた。豊国王の次郎が不慮の事故で逝去したとの知らせ。足庭は王座を温める間もなく豊の国に赴き殯の儀式に参列した。

 翌春、随は琉球に朝貢を促す軍を催し再び略奪した。そして、高句麗遠征のの準備に再び着手した。

 足庭は三郎と協議を重ね苦渋の決断をした。

「隋と国交を断絶します。手続きをして下さい」

「可及的速やかに手配をいたします」

 隋の煬帝は鴻臚卿に俀国との国交断絶を周辺国に通知させた。

 百済の余泉章が慌ただしく九州山系の山間に入り倭国額田王の柵を訪ねた。

「額田王様、俀国が随と国交を断絶しました」

 脇に控えた多治比広手が笑みを浮かべて、

「女王様、千載一遇の機会が参りました。風の噂では弾と次郎が身罷ったと」

「広手、丁度十年じゃな。直ぐに確認を取って下さい。それから各地の安羅人、伯族、濊族と物部一族と白丁隼人達に戦闘準備指令を出して下さい」

 泉章が、

「百済に渡った物部の一族にも手伝わせましょう」

 広手が、

「人吉の相良、日向の西都原、肥後の菊池、薩摩の各地に至急手配いたします」

「上宮聖徳」5

 飛鳥大寺が完成、足庭は久し振りに飛鳥に戻り落慶法要に臨んだ。伽藍配置は高句麗から渡来した高僧恵慈の指導の下、一塔三金堂を回廊で囲い、その北に講堂を配している。西門は間口を大きく取り槻広場に開かれていた。足庭は恵慈を招き寄せ、

「素晴らしい仏教寺院になりましたな。貴僧の指導の賜じゃ。御礼を申し上げる」

「とんでもありません足庭様がお任せ下さったお陰でございます」

「それにしても美しく厳かに仕上がりましたな」

「愚僧の想像を超える出来でございます。飛鳥の地、いえ俀国の地に相応しい寺院になりました」

 近くに来た秦王国の王の小太郎にも足庭は声を掛け、

「小太郎殿、よう皆を取り纏めて下された。嬉しく思います」

「私は只皆の聞き役でございます。寺大工、瓦博士、石工、金工、絵師、皆が素晴らしい発想と技を発揮してくれました」

「深い軒と裳裾の重なり、回廊列柱の優しい膨らみ、惚れ惚れしますな」

「俀国の地の多雨、湿気に耐える造りに、飛鳥の地の桧の木の性質を調べ尽くした棟梁達の努力の賜でございます」

 太子の筑紫王が長子を伴って足庭の近く寄り、

「父上、我の太子でございます」

「おお、爺馬鹿と言われた足庭じゃ。聡明な顔をしておるの、この飛鳥大寺で勉学に励んで下され。恵慈殿から仏陀の教えや宇宙の摂理を貪欲に学んで下され」

「じじ様、素晴らしい勉学の場を与えて下さり、ありがとうございます。弛まず務めます。どうぞお見守り下さい」

「良い挨拶ができましたな。爺も楽しみにしていますぞ」

 式典後、足庭はミチタリと三郎を交え、

「恵慈様の講義にだれぞ交えるかの」

 三郎が、

「我らの勉学の折りも他の豪族の子弟を交えました」

 ミチタリが、

「そうでしたか、学友がいた方が、勉学が捗るかも知れませんね」

 足庭が、

「小太郎殿には同じ世代の子が居ったの」

「居ります、同い年です」

 足庭が、

「ミチタリ、播磨の文身国にも居らんかな」

「確認します」

 足庭が、

「三郎、紀の国も確認して下され」

「畏まりました」

 光元三年正月、足庭は慶賀行事を終えると三郎と第二回遣隋使派遣の詰めに入った、

「三郎殿、書き留めてくれぬか、国書の書き出しじゃが『日出処の天使、書を日没する処の天使に致す。恙無しや』で始めよう」

「足庭様、それは面白うございます。第一回の時は随を太陽に俀を金星に擬え相手を持ち上げた積もりでございましたが理解を得られませんでした。これは易しくて判りやすい比喩です」

「少しは反発があるやも知れんが俀と随は天子どうし対等じゃとの表明でもある。高句麗や琉球への侵攻は親善国として看過できないとも書いて貰うかの」

「上宮聖徳」4

 そして数年後、弾が高句麗から帰国し、足庭は総出で博多港の住吉大明神前に出迎えた。

「大役、ご苦労様。無事の帰着、祝着でござる」

 弾が声を上げ、

「華やかなお出迎え、驚嘆いたしました。多数お揃いでの歓迎、痛み入ります。ありがとうござる。思い掛けない土産が多数ござる」

 足庭が目敏く、

「仔馬を持ち帰られたか」

「華麗な馬具も一緒に持ち帰りました」

「仏教僧を連れ帰られたか」

「嬰陽王様から学問僧を委ねられました。恵慈様と申されます」

「それは喜ばしい。積もる話もあろうが、皆で春日の王宮に参ろう」

 王宮での懇談の中、弾が報告を続けた。

「隣国、随との衝突の危機が迫っている時に、飛び込んだ我らの願い事は全て聞き入れて頂けました。石工も天文学者も勉学に来た者は全て受け入れると、更に石工と天文学者が帰るときは絵師を送り出して頂けるそうです」

 足庭が、

「仏教僧を派遣して頂いたが、檜隈寺の次は飛鳥に大寺を計画しておったので丁度良かった。建設を早めよう。三郎殿、秦王国王を委ねているお主の長男の小太郎殿に総監督を任せよう」

「ありがたく、承ります」

「太子、飛鳥大寺の建設が終わったら、恵慈様を太子の長男の教育係に就任させるかの」

「父上、親馬鹿、いえ爺馬鹿でございます」

「この成長は早いものじゃ」

「ありがとうございます」

 足庭が、

「羅尾、恵慈様を飛鳥に送り届けて下され。それと、弾殿が高句麗から持ち帰った馬具一式を檜隈の工人に見せて複製品を作らせて下され」

 三郎が、

「我も飛鳥に戻り小太郎に飛鳥大寺の件を伝えまする」

 飛鳥に夏が訪れ、稲田が緑一色に埋め尽くされた頃、羅尾は学問僧の恵慈を甘樫丘に案内し飛鳥大寺建設地を眼下にしながら、

「恵慈様、右手一体が飛鳥の官衙です。南にある丘陵が島の庄で、大きな方墳が先代広庭様の御陵です。左手一帯が十四代様の纏向の王宮です。今は息女様二人がお住まいです。向こうに見える山が三輪山で手前の流れが飛鳥川でございます」

「極楽浄土に相応しい場所じゃ」

「伽藍配置の構想はお決まりに成られましたか」

「飛鳥と纏向が連なるように、南大門、中門、塔、中金堂、講堂を一直線に並べ、塔の東西に大和の豪族全てが一体となれる様、金堂を配置しましょう」

「早速に足庭様に連絡を致します」

「羅尾殿、もう一つ、この甘樫丘と大寺建設地の間に、かなり広い槻野が残ります。広場にすれば飛鳥京の大きな儀式に活用できましょう。西門を大きく作るのが良いと思います」

「併せて連絡いたします」

 羅尾と恵慈が飛鳥の官衙に戻り秦王国の王の館に報告に訪れると。丁度、柳井水道に向かう父親の三郎にも会えた。報告を終え羅尾が、

「三郎様、飛鳥大寺の伽藍配置と西門の件、足庭様にお伝え下さい」

「相分かった。急ぎ足庭様の処に向かおう」

 恵慈が、

「三郎様、今一つ、足庭様にお伝え下さい。高句麗に寺大工、路盤博士博、瓦博士派遣の依頼を願えますか」

「天文学者と石工戻るとき、絵師を派遣すると嬰陽王が申されていたそうじゃが、その前に寺大工などの派遣を願うよう、足庭様にお伝えいたす。王、それで良いの」

「父上、よろしくお願いします」

 翌年、高句麗から寺大工、路盤博士、瓦博士などの派遣を受けた飛鳥大寺の建設は順調に進み、縄張りから堀片を終え、地固めに入っていた。秦王国の王の小太郎は木工房、瓦工房、石工房、金物工房などを建設地の南側に作らせ、木材の切り出し、瓦や金物の試作を始めさせていた。

 筑紫王が数えで五歳になった長子を連れて飛鳥大寺の建設現場を訪れ、

「太子、ここが飛鳥大寺の建設場所じゃ、何れ恵慈様より仏教の教えを受けることになる」

「分かりました、楽しみにしています」

「槻の森を抜けて甘樫丘に登って見るか」

「飛鳥と纏向が一望に見えるそうですね」

「よく知っておるな」

「乳母に聞きました。来年は弟も連れてきましょう」

「そうだな」

「上宮聖徳」3

 翌早朝、杖刀の兵を従えて大和川を下ったミチタリは日下の津の傀儡館で小休止した。館の主の紫門が挨拶に現れ、

「姉の詩音がお世話になっております。羅尾にも良くして頂けありがとうございます」

「何を仰いますか、詩音様には、こちらがお世話になっております。羅尾殿にも同様です。先般は我が長男の出産の伝達を父王にしていただけ、この度の帰郷にも尽力を頂いており、御礼を申し上げる」

「それでは、お言葉に甘えて、姉にお言付けをお願いします。我にも長男が生まれたとお伝え下さい」

「それは、おめでとうございます。お名前はなんと」

「紫苑と名付けました」

「良い名ですね。詩音様にも、足庭様にもお伝えいたします。そうじゃ、筑紫探索のお礼を改めて申し上げます。お陰で筑紫奪還が為りました。ありがとうございます」

「ご信頼を頂いたお陰です」

 ミチタリは瀬戸内を辷り、文身国に寄り、改めて爺婆に筑紫奪還の報告を行うとと共に、土師氏の長に太子の乳母をお願いしたと伝えた。

「土師氏の長は良く知っとるよ。随分高齢になっとろうが、安心者よ」

「お顔見知りでしたか」

「纏向の王宮でよく一緒に遊んでおったよ。良き男じゃ」

「そうでしたか、安心いたしました」

 柳井水道に帰着したミチタリは父王に見えた、

「紫門殿にも男の子が生まれておりました。紫苑と名付けたそうです」

「詩音にも報告してくれ」

「我が子の乳母に土師氏の長が名乗りを上げてくれましたので、お願いをいたしました」

「土師氏の長は先代の大王位就任に骨を折ってくれた。それは良かった。帰着早々で悪いが俀国の新体制の骨格を近く発令したい。お前には竹斯国の王を務めて貰いたい。良いな」

「畏まりました」

「私の弟の次郎には東表国を改め豊の国とし豊国王を務めて貰う。三郎には私の補佐役を務めて貰う」

「分かりました」

「出雲国王にはお前の弟を充てる。秦王国の王には三郎の長男の小太郎を任命する。この柳井水道の周防の国は私の直轄地とする」

「何時、着任すれば」

「可及的速やかに着任してくれ」

「直ちに準備いたします」

  新体制を固めた足庭は盟友、平群の長に就いている弾と久し振りに酒宴を催し、

「弾殿、此度の戦の尽力、改めて御礼を申し上げる」

「何を改まって、礼を言わねばならんのは我の方じゃ。存分に活躍の場を与えてくれて、息子達に自慢が出来た」

「弾、言い難いのじゃが、今少し尽力して頂けないか」

「水臭いの、何なりと」

「高句麗に渡って下さらんか」

「それはまた大儀な、毒食わば皿までじゃ、共に祖先が過ごした所縁の地、承知した」

「交易と外交に本腰を入れようと思うてな、琉球には三郎と東日流隊に行って貰うつもりじゃ」

「それでは、我には坂上隊を付けて下さらんか」

「承知した。坂上隊に指示を出しまする。早急に渡航船を造りましょう。半島の東側を北上するとなれば季節風の治る来春に出立されるのが宜しかろうと存ずる」

「我も急ぎ渡航船の準備に掛かろう」

「それと、新羅の沿岸を通過されるので、念のため新羅の王族達の同族の中臣と蘇我の然るべき者を同乗させましょう。それに、高句麗を出て既に数百年が経ちました故、土木技術や天文学が進歩しているやも知れません。石工の若者と天文学者を一緒に連れて行って下され」

「上宮聖徳」2

 ミチタリは再び飛ぶように柳井水道に戻った。母子は飛鳥の官衙の一画に入り祖父や父親不在で慎ましやかな生活を始めて程なく、柳井水道から筑紫侵攻作戦の開始、筑紫奪還の成功の知らせが次々と飛鳥の官衙に届いた。飛鳥だけで無く纏向、斑鳩、平群など大和盆地全体が戦勝に沸き立った。程なく、鬼前の前に出雲を本拠地とする土師氏の族長が訪い、

「太子様の乳母を土師氏が務めたく存じます」

「ミチタリ様が柳井水道に戻られて留守にしております。相談いたしますので返事はそれからにさせてください」

「良いご返事をお待ちしております。お手伝いが必要であれば何時でも、お申し付け下さい」

「ありがとうございます」

赤子はすくすくと育ち、目が見え、寝返りを始めた。官衙の住人が代わる代わる訪い赤子をあやして、

「太子様は耳が良いようじゃ、太鼓や鉦をお持ちしましょうかの」

 生まれて一年が過ぎ、匍匐前進から掴まり立ちを始めた頃、ミチタリが飛鳥に戻ると河内湾の日下の津から見張りの連絡が入った。

 翌日、飛鳥の船着き場に母子で迎えの列に並んだ。船中にミチタリの姿を認め鬼前は大手を手を振った。船中のミチタリも迎えの列の中に鬼前を認め大きく手を振った。迎え人から湧上がる様に、

「ミチタリ様がお帰りだ」

 手に手に紅白の旗を打ち振り、凱旋将軍を迎えた。下船したミチタリは、

「皆様のお陰で筑紫が奪還できました。ありがとうございます。今暫くは帰還が叶わぬ兵が多く居りますが、皆元気に職務に励んでおります。引き続きご協力下さい」

 歓呼の声に手を上げながら鬼前に歩み寄り、吾子を抱き上げ、

「重くなったな、父だぞ覚えてくれ。留守に何かあったか」

「土師氏の族長が見えられ、乳母を務めさせて下されと申し入れがございました」

「土師氏は先代の大王就任に尽力してくれたそうじゃ。喜んで頼もう」

 久方ぶりの鬼前との同衾に、しとどに放ったミチタリは深い眠りに落ちた。

「カゴメカゴメカゴの中のトリは」

 童の歌声に目覚めたミチタリは素早く身支度を調え、朝餉の支度をする鬼前に、

「明日早朝に筑紫に戻る。朝餉を食したら土師氏の長に会いに参る」

「分かりました。出立の準備を致しておきます」

 纏向の一画にある土師氏の屋敷を訪れ、

「ミチタリにございます。吾子の乳母に名乗りを上げて頂きありがとうございます。今暫くは筑紫を空けられないと思います。何分にも宜しくお願いします」

「広庭様、足庭様、ミチタリ様の三代に見え、四代様の乳母を務められるとは喜びに堪えませぬ。老骨に鞭打って精一杯務めます故、ご安心下され」

「日出処の天使」完 第二部「上宮聖徳」1

 三笠山の頂きに朝暘が昇り、斑鳩の里に点在する溜池の群れを照らし、 アキアカネが乱舞し、柿の木には青い実が育ち始めていた。

 産屋から赤子の泣き声が甲高く聞こえ、家人達に歓声が上がった。

「太子がお生まれになったぞ」

「柳井水道のミチタリ様にお知らせせねば」

「羅尾様が飛鳥に戻って居られるそうじゃ。伝言を頼めば良いぞ」

 秦王国改め俀国大王の太子ミチタリに長子が生まれ、妃の鬼前太后は産屋で無事の出産を喜び、ほっとしていた。

「お妃様元気な赤子で良かったですね」

「ありがとう。足庭様もミチタリ様も皆、柳井水道に居られる。誰ぞが、羅尾様が飛鳥にお戻りにと言って居られたが」

「足庭様が羅尾様に後宮の人達を新都の柳井水道に移らせるように言われて、戻られております」

「それでは、羅尾様に言伝をお願いしましょう」

「分かりました。若党を飛鳥の官衙に走らせましょう」

 秦王国改め俀国の主立った面々は秦王国の悲願、筑紫奪還に向けて大船団を組み瀬戸内水運の要衝、柳井水道に進駐し、東漢氏としては二代目の大王に就いていた足庭は都を飛鳥から柳井水道に移す遷都を宣していた。

 羅尾は後宮の人々を多数の杖刀の兵で警護して船団を組み柳井水道に無事到着し、父の大王に見え、

「ミチタリ様のお子がお生まれでした」

「そうか、男か女か」

「男の子です」

「誰ぞ、ミチタリを此処に呼んで下され」

 戦闘訓練の指揮を執っていたミチタリはカブトを小脇に抱えたまま、

「父上、お呼びでしょうか」

「羅尾が後宮を護衛して戻った。斑鳩で男の子が生まれたそうじゃ。おめでとう」

「ありがとうございます」

「一度、飛鳥に戻って、子の顔を見てきなさい」

 ミチタリは飛ぶように瀬戸内を辷り飛鳥から斑鳩に戻った。

「鬼前でかした、ありがとう」

「うれしゅうございます」

「母子共に元気で安心した。直ぐに柳井水道に戻る。次は何時帰れるか分からぬ、小太郎殿に警護は頼んでおく。頼んだぞ」

※小太郎は足庭の二番目の弟・三郎の長男

「日出る処の天使」66

 西都原の男狭穂塚古墳を見終えた古代史サークルのOB四人はレンタカーでそのまま福岡県古賀市の船原古墳に向かった。

 ハンドルを握った島津が、

「それにしてもグッドタイミングだよな。帰国の日に船原古墳で金の馬具が見付かったというコラムを見るなんて」

 西園寺が、

「鳥肌が立ったよ」

 島津が、

「豊国王だった次郎さんの愛用の馬具だよな」

 美佳が、

「大和にあった秦王国の大王位が第十四代大国主から東漢の族長に譲られ二代目の足庭大王・隋書のアマタリシヒコが秦王国悲願の筑紫奪還に成功し、東表国を豊の国と改め弟の次郎を豊国王に任命、竹斯国王に息子の太子・隋書のリカミタフリを充てたのよ」

 香苗が、

「足庭大王が高句麗交易を推進し、西漢の族長の弾が高句麗から金の馬具二組を持ち帰り、足庭が次郎さんと太子に与えたのよね」

 西園寺が、

「筑紫奪還から十年、豊国王の次郎さんが亡くなり殯され、西漢の族長だった弾も亡くなり、足庭大王が随との国交を断絶したタイミングで倭国が反撃を開始し戦闘の火蓋が切られる直前、足庭が三郎に殯の次郎の埋葬を指示し、大国主一族が未完にしていた前方後円墳の一画に次郎が愛用していた金の馬具一式と共に埋葬したんだ」

 美佳が、

「太子のリカミタフリに与えられた金の馬具は更に長男の上宮聖徳に与えられ、弟との政争に敗れ妻と共に自害し藤ノ木古墳に金の馬具と共に葬られたのよ」

 島津が、

「今日は、このまま船原古墳に行くと暗くなるので東表国の都、宇佐八幡を見物して宇佐市内に泊まろう」

 香苗が、

「いいわね、製鉄民族の原郷、ヒッタイト王国の都、ハットウサを文字って宇佐八幡て名付けたのよね」

 西園寺が、

「中臣氏、蘇我氏、ウガヤ王家、ニギハヤヒ王家、皆絡んでる。いいよ寄ろう」

 美佳が、

「宇佐八幡には花郎軍団が一時駐屯し墨染めの衣とよばれたので源氏一族にもインドの次の原郷ですね」

 島津が、

「じゃ、決まりだ」

 翌朝、四人は船原古墳に向かった。島津が、

「船原古墳の場所は初代大国主命が建国した委奴国から近いよな。建国してからイワレヒコ神武に攻められ東遷するまで凡そ五十年位あり前方後円墳の陵を造る機会は充分あったと思うんだ。東遷後大和盆地で造った前方後円墳の習作にもなったかもな」

 西園寺が、

「神武が建国した伊都国は須玖岡本に大規模な陵墓地を持っており、神武もその地で甕棺埋葬されているんだ。ウガヤ王家はこの時期、前方後円墳を造っていないんだ」

 美佳が、

「そう考えると、船原古墳の前方後円墳は委奴国の大国主一族が残したと考えて良さそうね」

 早苗が、

「三郎もそう理解し次郎の埋葬場所に相応しいと考え急場の埋葬地に選んだのね」

 島津が、

「船原古墳に着いたよ」

 西園寺が、

「未だ見られるかな」

 美佳が、

「発掘調査は始まったばかりよ」

 香苗が、

「ロープが張ってあるわ」

 島津が、

「行けるところ迄、行ってみよう」

 西園寺が、

「コラムの記事等から推測すると、埋葬位置は平成八年の発掘調査で船原3号墳の石室入口から約5Mだと書いてあった」

 美佳が、

「埋納当時も西側が平坦地で東側が斜面だったのね」

 香苗が、

「逆L字型の長手部分に弓等の長物を、短手部分に歩揺付飾り金具等が埋められたようね」

 島津が、

「三郎さんが埋納を終えて春日の王宮に駆け付けるのは造作ないね」

 西園寺が、

「古墳外に馬具等のみを埋納されたものが発掘されるのははじめてだよな。高句麗から弾が持ち帰り、足庭から次郎さんに渡された愛用の馬具を足庭大王に指示された三郎さんが急ぎ埋納したと考えて間違いないね」

 島津が、

「須玖岡本の伊都国遺跡をみて、博多で旨いものを食って帰りますか」

 美佳が、

「鯛茶づけが食べたいな」

 香苗が、

「賛成」

 西園寺が、

「決まりだ」

「日出る処の天子」65

 平成二十五年六月、古代史サークルのOB四人は羽田発のJAL一番便で宮崎へ発ち、空港でレンタカーに乗込み西都原古墳に向かった。

 ハンドルを握った島津が、

「卑弥呼はイカッサル族公孫氏大物主王家の宗女で、王家が遼東半島に有るとき、東扶余ウガヤ王家の罽須・後のイワレヒコ神武が北九州侵攻作戦のために同盟を申し入れたんだ」

 白のゆったりしたパンツスーツの美佳が、

「それ、以前調べた話ね。扶余王の罽須が大物主王家の宗女卑弥呼の妹アヒラ姫を娶り、事代主の公孫康が罽須の妹武熾姫を娶りクロス対婚関係を結び同盟したのね」

 グレンチェックのプリーツスカートの香苗が、

「神武に嫁いだアヒラ姫が亡くなり、姉の卑弥呼が後妻に入り同盟を維持し、公孫康が日向に開いた安羅国と神武が築いた伊都国を行き来したのよ。神武は一大率として伊都国や東扶余の倭人諸国を監察する多忙な中AD二百三十四年崩御し、一大率の地位を巡って倭の大乱が起こりますが伊都国、多婆羅国、安羅国及び東表国の諸王が図って倭人連合の邪馬壱国を建国して卑弥呼を大王に推戴したのよ」

 美佳は、

「邪馬壱国の大王にし即位した卑弥呼は都を安羅国に定め神武王子のタギシシミミを伯済国から呼び寄せ夫婿とし君臨したのよ」

 美佳が続けて、

「邪馬壱国と狗奴国長髄彦との戦いが続く最中、卑弥呼はAD二百四十八年崩御し、イカッサル族の手で西都原に大きな円墳の冢が造られ丁重に葬られたは」

 西園寺が、

「そこまでがサークルで話されたんだが、それが今から行く男狭穂塚古墳。この古墳は三世紀に築造され、直径百二十八メートルの四段式円墳だったんだが、明治期に偽史シンジケートのドン東大史学科黒板勝美教授の手で二十四メートルのクビレ部分と六十七メートルの変な尻尾をくっ付け帆立貝風の前方後円墳に改竄したんだ」

 島津が、

「その後、大正元年から六年間かけ大規模な学術調査が実施され、この古墳が卑弥呼の墓と確認されたはずが、以後それら全てを宮内庁管理にし、現在は古墳時代中期に築造された前方後円墳とし被葬者は架空の人物のニニギノミコトであると説明しているんだ」

 美佳が、

「もう博物館前に着いたのね。ここからは歩くしか無いのね」

 西園寺が、

「考古博物館を先に見ようや」

 香苗が、

「あら、モダンな建物ね」

 島津が、

「安羅国だからね」

 美佳が、

「あら、無料なんだ」

 西園寺が、

「平成十六年の開館だから、凡そ十年だね」

 見学を終えて美佳が、

「男狭穂塚と女狭穂塚のレイアウトどう見ても不自然ね、くっ付き過ぎてるは」

 香苗が、

「広大な古墳群ですものね。一部では女狭穂塚は壱与の墓ではと推測されていますが、それでも不自然ね」

 島津が、

「卑弥呼の円墳の冢が完成し、後の倭大王の前方後円墳がつくられた時は不自然ではなかったんだが、明治期に円墳を帆立貝風に改竄したため不自然な接近になったんだな」

 西園寺が、

「腹減ったな、飯にしようや」

「日出処の天子」64

 坂上が、

「僕はイカッサル族の話をしよう。目は茶色、BC七世紀頃、アンガ系チャム人を従えてタルシシ船でインド洋マレー海峡から北上して華北中原に入っているが、途中、ソロモンとシバの女王ビルギースとの間に生まれたメリケリ王子の血が入っているんだ。遼東で公孫氏になり大物主王家を建てます。扶余伯族のイワレヒコと同盟を結び北九州の大国主命の委奴国に侵攻し勝利し日向の西都原に安羅国を建国します。宗女卑弥呼がイワレヒコ神武の後妻に入り神武崩御後、邪馬壱国の女王になり君臨しますが狗奴国との戦いの最中に崩御しイカッサル族の手で西都原の男佐穂塚の円墳の冢に丁重に葬られます。宗女の壱与が直ちに即位し対馬に渡り任那祭祀センターを立ち上げ、神武の息子の綏靖に嫁ぎ安寧を産み倭大王になりウガヤ王家にイカッサル族の血を入れることになるんだ。太田、木村、松山、水野、今野などの姓がこの系統です」

 伊集院が、

「ユダ族はあまり来ていないんだが、ニギハヤヒに従って少し入っているよ。目は茶色。藤岡、加賀、大川の姓はこの系統なんだ」

 麗華が、

「ダン族ね。目は黒色。レビ族と一緒に渡来して、最初は河内に入り西漢と呼ばれるのよ。後に根拠地を大和の平群に移しているのよ」

 由紀が、

「最後はゼルブン族にします。目は黒。このグループの族長には葛城氏がいます。原田、石井、黒木、滝田などの姓がこの系統です」

 伊集院が、

「今日は長くなったな、疲れた。飯食いに行こうか」

 麗華が、

「サンドイッチ店、未だ開いているかな」

 坂上の携帯が鳴り、

「あっ、西園寺先輩からだ。はい、坂上です。はい、部活終わったところです。はい、大丈夫です」

 由紀が、

「先輩なに」

 坂上が、

「みんなで飯、行こうって」

 伊集院と麗華が、

「やったー」